President file
77

株式会社磯前漁業所
代表取締役  磯前 昌宏さん

創業百年を超える船主。
磯前丸マグロをブランドに

厚い胸板はジムでのトレーニングの賜物。頻繁にジムに通うが、趣味というよりも体調管理の一環。ベンチプレスでは100kgの重りを持ち上げていたことも。 本当の趣味はゴルフとサーフィン。「今年はなかなか行けない」と残念そう。また、高校時代はロックバンドでギターを担当していたこともあって、音楽も趣味 のひとつ。ジャンルを問わずに何でも聞く。

Owners Company
株式会社磯前漁業所
TEL.029-263-6771
ひたちなか市東本町4-5

県内唯一の遠洋マグロ延縄漁船「第21磯前丸」
遥か彼方の海上にいる乗組員と心を通わす

 人生最初の夢は「総理大臣」。株式会社磯前漁業所代表取締役・磯前昌宏さん、幼稚園児のときのことでした。那珂湊港前にある磯前漁業所は江戸時代から続く 船主で、創業100年以上の企業の多いひたちなか市内においても第4位(2010年、帝国データバンク調べ)という老舗。磯前さんは代々続いてきた暖簾を 受け継ぐべき長男として、1972年に生を受けました。現在41歳の若さです。

 「確かに『総理大臣』といったことは覚えていますが、そ の後、ものが分かるようになってからは迷うことなく家業を継ぐと決めていました」と磯前さん。大学卒業後、マグロ問屋が集まる三崎港(神奈川県)にある荷 受会社(魚市場)に入社しました。そこで水産物取引の基本を学びます。1年の修行の後、いよいよ磯前漁業所に入社。先代の指導のもと実践を通して大型漁船 の経営を学んでいきました。

 磯前漁業所は超低温冷凍庫を積んだ400t級の遠洋マグロ延縄漁船「第21磯前丸」を所有し、ペルー沖から良質の「天然マグロ」を国内の市場に届けています。船はペルーを拠点にし、乗組員は飛行機で日本とペルーを往復、獲れたマグロは別の輸送船で運ばれます。

 もともとは近海を漁場にする船を所有していた磯前漁業所。昭和30年代、近海マグロの漁獲量減少と需要増加を受けて、先代が遠洋マグロ延縄漁にシフトしました。その頃、同様に遠洋に活路を見出した漁業者は多く、県内だけでも54隻もの遠洋船があったといいます。

 しかし、磯前さんの代になると、原油価格の高騰、円高などの逆風により急速に船数は減っていきました。現在、県内で操業する船は「第21磯前丸」1隻のみです。この業界縮小の最大の原因は労働力、とくに漁船の幹部候補となる若者の不足です。

  同業者が集まると、これからの遠洋漁業のあり方、どのように遠洋漁業を存続させ、伸ばしていくかなどが話題になるそうです。「少し陸に近づけ、半年に一度 は戻るというスタイルを実践しているところもありますが、漁場としては魅力的ではなくなるというマイナスもあります。また、船を大きくし、そのまま海域に 置いて、乗組員だけを数ヶ月交代で別の船で輸送するという方法もあります。その逆に、船を小型化し近海に戻る、という道もあるでしょう。いずれにしても、 船員1人あたりの航海の時間を短くし、収入面での満足度も高い魅力的な仕事にしていきたいと思っています」と、解決策は模索中の様子です。

  延縄漁は150kmの幹縄に暖簾のように枝縄をたらし、その先に餌をつけて海中を流し、マグロを釣ります。一網打尽にする巻き網漁にくらべ水産資源にやさ しい漁法ともいわれます。磯前さんがこだわるのは、この漁具と餌です。「延縄漁は面白いです。同じ海域にいて、同じコストをかけても、漁獲に倍の差が出る こともあるんですよ。」漁の成功を握るのは「船頭」と呼ばれる漁労長の手腕。その人選で漁の成否の50%は決まるといっても過言ではないといいます。磯前 さんは前機関長を漁労長に抜擢しました。必要とされる知識や技術がまったく異なるため、普通は滅多にしない人選だといいます。「真面目だし、物事をよく見 ている。彼の人間的な資質を見て適格者だと思い、本人の希望も聞いて、漁労長になることを勧めました。

 確かに最初の年は心配でしたが、 今はすっかり信頼しきって任せています。現場ではさまざまなトラブルもあるでしょうが、私に報告がないということは現場で解決しているという証左です。」 この厚い信頼が現場の士気を高めます。一方、磯前さんが船主として対処しなければいけない相手は、原油や為替の相場、魚価の変動、水産資源管理に関わる国 際的な流れなど。実にスケールの大きな仕事です。「しかし、もっとも懸念し、いつも気にかけているのは、船員たちの健康です」と、磯前さんは遠くペルー沖 に思いを馳せるような目で語ります。

 今、業界では船の建造ラッシュとのこと。新造の予定はあるのでしょうか。「今は造りません。必要な らば適切なリニューアルをします。無駄なコストを省き、極力リスクを負わないことも経営者としての仕事です。」世界を視野に入れたダイナミックな仕事と、 机の上での緻密な損益計算が磯前さんの中で共存しています。「財務内容をしっかりとして、種々のリスクに柔軟に対応して舵をきれるよう多様な経営体を目指 していきたい」とも話す磯前さん。地域において老舗である磯前漁業所。地域での役割についてもうかがうと、「地域の若者が就職したいと思うような職業を提 供して地域に貢献したい。そのためにも航海の時間を短くできる仕組みを考えたい」とのこと。

 また、これからのマーケットの開拓について は、「地産地消ではないが、『地元ひたちなかの船が獲ったマグロです!』と水戸の市場で直接販売するようなことも考えています。大間のマグロのような地域 ブランドとはまた違ったブランドを作れればと思います」と興味深い答えが返ってきました。業界としては厳しい状況にありますが、常にどこかに突破口はない かと模索を続けています。

Pick up Success in IBARAKI

“「大変だからやらない」ではもったいない。”

質問1茨城は起業するのに適しているか?
遠洋漁業の現場は日本から遠く離れた海上なので、立地はあまり関係ないが、茨城は東京に近く、交通の便もいい。茨城空港はペルー便を就航させて欲しい(笑)。
質問2経営を始める際にやるべきこと、また、必要な準備は?
経営者の最も重要な仕事は資金繰り。だから、お金に対するシビアさは必要。また、リーダーシップ。その中でも社員を守ることを第一にしている。
質問3この土地で有効なプロモーション活動は?
マスコミ以前に同業者どうしの紹介や口コミを活用してきた。また、水戸の市場にマグロを卸し、直接消費者に届ける手法も試みたい。

これから起業する方への一言

“「やってみたらいいじゃん」”

今日のインタビューの内容とは逆のような気もしますが、起業はもっと気楽にやってもいいと思います。確かに会社経営は大変です。しかし、「大変だからやらない」ということではもったいないと思いますから。実は、最近は自分自身にも言い聞かせているんですよ。「やってみたらいいじゃん」と。

■若い人材に魅力的な業界づくり
■ダイナミックさと緻密さの共存
■新しい地域ブランドを創造する



写真を右に1つ進む

写真を左に1つもどる