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有限会社 アロマトーク
代表取締役  菅野 真由美さん

いつまでも輝く女性に!
予防医学にも精通する

千葉県生まれ。化粧品販売会社を経て、あらゆる年代の女性の美を追求するためバリ島へ行き、マッサージを修得。バリ式マッサージの先駆者の一人。大手企業 経営者らが指名するセラピスト。ベストセラーのアロマオイル等の商品も開発。次の目標は会社、学校等の組織化。バリの家具販売にも力を入れていく。

Owners Company
有限会社 アロマトーク
TEL.029-287-2966
http://www.aroma-bali.com/
那珂郡東海村村松2010-10

バリ島を訪れてマッサージに開眼
海外で法人化して事業展開、国内業界の大手に成長

生まれながらに視覚障害を持つ菅野社長は、高校卒業後に一度は企業に勤めるものの「障害者ということで周りはみんな優しくしてくれるのですが、それは本人には重荷でもあるのです」と、退社を決意。

 「障害者であることを売り物にするのでなく、自分自身で出来るものを」と考え、菅野社長は親戚がいた大手化粧品メーカーの販売店を開店しました。

  しかし、仕事をしていく中で、「化粧品はなぜ、顔ばかりなのだろう」という思いを持つようになったそうです。「50代、60代、70代とそれぞれの年齢層 に応じた女性本来の美しさがあるはず。化粧品に頼らず、心と体の健康があってこそ本来の美しさがある」と考え、模索している時、化粧品販売店の仲間とイン ドネシア・バリ島に旅行へ行くことになりました。

 そこでバリのマッサージを体験します。菅野社長は「3時間マッサージを受けたら、水から上がったような感覚でした。デトックス、リンパを流すというマッサージで、健康の為にこの技術を習得したい」と決意したそうです。

 それまでも「目が不自由だと商売を始めるのに何かと困るので、手に職をつけようと考えていた」という菅野の社長は、バリ島で受けたマッサージを学び、日本人にも体感してもらおうと行動に移します。

 バリ旅行から帰国して1週間後には再びバリを訪れて、理想の店作りのための物件探しを始めます。そして、現地でスタッフを5人ほど雇い、日本人向けのマッサージのサービスを始めます。

 「当時は1ヶ月に4~5万人の日本人観光客が訪れていました。最初はJALやガルーダなどの機内誌にも見開きの広告を出しました。売り上げをすべて広告へつぎ込みましたが、2倍になって返ってきました」と、事業は順調に業績を伸ばしていったそうです。

  その間も菅野社長は健康に対する知識を得ようと、バリと同じヒンズー教のインドの診療所に半年間住み込みで働き、アーユルヴェーダという予防医学を学びま した。アーユルヴェーダは対処療法の西洋医学に対して、病気にならない体、健康を作るという考えに立ったインドの予防医学です。

 「ヒン ズー教徒は貧しい人が多くて、病気になっても高額の医療費が払えない人が多いため予防医学が発達したのです。その他に、自分と向き合う為のヨガによるメ ディテーション(瞑想)、体の毒素を抜いてく為のトリートメントなどを教えて貰いました」と、人の健康について医学の知識を深く掘り下げていきます。

 やがて菅野社長の評判は全国的に拡がっていき、「私にも教えて欲しい」という人たちが殺到。「教えるにしてもいくらお金を貰って良いのか分かりませんでした。そこでバリに学校法人を作ることにしました」と学校経営にも着手します。

 「教科書やDVDなどを作って7、8種類のテクニックを学べるようにしました」というように、学校運営のために資金を投入しました。現在、バリと日本で技術を習得した教え子たちは全国に1,000人ほどいるそうです。

 さらに、菅野社長の事業は拡大路線を続けていきます。東急不動産をはじめ、大手のデベロッパーなどの運営する施設やホテルなどでの店舗展開を受託。栃木県の那須や鬼怒川などのリゾート地でボディケアなどのリラクゼーションサービスを行っています。

 菅野社長はそれだけでは飽きたらず、さらにアロマオイルの開発にも取り組みます。
スパトリートメントの現場では、アロマオイルの扱いに困っている現状がありました。「アロマオイルはタオルやベッド、床などに付着するため、掃除など大変でした。そこで、水で洗い流せる水溶性のオイルを開発しました」と新商品開発にも取り組みます。

 「さすがに薬事法などの関係もあって私のところでは作れないので、製薬会社へオーダーして作ってもらいましたが、これがすごく売れることになりました」と語るように、アロマセラピー業界での大ヒット商品となったのです。

 新たな商品開発はそれだけにとどまらず、オイルを塗りやすいミトン型のタオルや足のむくみを取る為の靴下に変わるクリームなど、どれも現場のアイデアから生まれたものだそうです。

 またマッサージ用ベッドや自ら考案したスチームベッド、着物の生地等を活用したユニホームなども開発。全国のサロンからありとあらゆる商品の注文が相次ぎ、そのアイテム数は500を下らず、サロン業界には欠かせない存在となっています。

  社長業の仕事は東海村の本社のほかに東京事務所、出先の施設への出張、国内各地での講演会や研修会の講師、月に1~2度の海外出張と精力的です。菅野社長 は「横になればすぐに眠れます」と笑いますが、旺盛な活力源は「人の体に入って来るものは空気、水、食べ物です。特に高くなくても良い食べ物がたくさんあ ります。東海村にいるときは近くの直売所などで野菜を買って地産地消で料理を作ります。これが私にとって最高のブラッシュアップになっています」と言いま す。

 「父からは『10年やったら本物になれる』と言われました。何もなくても同じことをコツコツやれば、トップに立てる。35年やって きて点が線につながり、ひとつのことから枝葉が広がってきました」と菅野社長は語ります。現在の地位は、障害というハンデを抱えながらも主婦業と社長業を 地道に続けてきたことに対する父親からのご褒美なのかもしれません。


Pick up Success in IBARAKI

“広告は重要なアイテム。自分を売り出す工夫も”

質問1茨城は起業するのに適しているか?
起業するのに場所は関係ない。もし茨城で企業するなら、茨城の生活はパターンが比較的同じなので、別のパターンのビジネスを考えてみては。
質問2経営を始める際にやるべきこと、また、必要な準備は?
すべてはサービス精神につながる。インドで半年間働いて勉強したが、それもサービスにつながっていると思う。常に学習することが大切。
質問3この土地で有効なプロモーション活動は?
大手紙や専門誌などで広告展開。広告は読者が会社や私を想像してくれるメリットもある。しかし、施術者として自分自身を売り出すことも大切。

これから起業する方への一言

“自分自身が現場に立つことで
新しい商品開発などのアイデアが生まれる”

自分がどの山に登っているのか分からないと道に迷ってしまいます。目標を持って進むことが大切。また、自分自身が現場に立つことで新しい商品開発などのアイデアが生まれる。萩本欽一さんはある本で「嫌な仕事しか来ない。けれどそこにしかお金がない」と言っていた。社長といえども、現場に立つことを心掛けている。ストレスもあるが、それをエネルギーに変えてやっていきたい。

■売上げを広告に投資して集客アップ
■現場に立つことでアイデアが生まれる
■海外で事業展開を図るグローバルな視点も



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