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割烹旅館 湯泉荘
代表取締役  石川 よう子さん

古さを守るのは清掃。
接客サービスは女将の力量

日立市出身。茨城キリスト教短大卒。女将のいない旅館で新たな女将として接客を体験。時間制限のない宴会がリピーターに人気。日帰り入浴にも対応し、古来よ り薬効のあるお風呂と風情あふれる庭園の魅力を提供する。年末年始は休業し、夫婦二人と子ども二人でスキーでリフレッシュするのが唯一の楽しみ。

Owners Company
割烹旅館 湯泉荘
TEL.029-259-2020
http://www.ark-business.com/yusensou/
水戸市三湯1105

日本の良さを思い出す老舗旅館の雰囲気を守るために
独特の風情とくつろぎを提供する努力を怠らない

水戸市の隠れ家的な存在「湯泉荘」は旧内原町の三湯(みゆ)にたたずみます。地名が示す通り、この地には古来、豊かなお湯が沸いていました。現在ある湯泉 荘内の池は枯れることなく水を湧き出していて、冬の凍てつく日でも氷を張ることなく、うっすらと湯気を漂わすこともあるそうです。

 そ の 女将となったのは昭和58年のことでした。「元々は日立市内で鉄工所を経営していた父が、工場をたたんで湯泉荘を買い取り、旅館業を始めたのです。当時は 家族にも何の相談もなしに始めたので、家族からはブーイングの嵐でした。もちろん私も反対派「なんで旅館なんて経営しなくてはならないのか」とずっと思っ ていました」と石川さんは話します。

 石川さんのご主人は有名店での飲食サービス業の経験を経て、水戸・大工町で兄弟で飲食店を順調に 経 営していました。しかし、あるとき石川さんの父親が病に倒れます。「それがきっかけで主人も巻き込まれてここの経営を手伝う事になってしまったのです。」 と苦笑い。ご主人までをも巻き込んでの湯泉荘の運営がスタートしました。「でも、主人一人だけでできる仕事ではありません。私は当時生後3カ月の長男がい ましたが、子ども連れで手伝える仕事でもありませんでしたので、日立の実家の母に子どもを預けて、ここで働くことになったのです」。

  女 将としてのスタート当初は、毎日のように「なんで私がここに来なければならないのだろう」と自問自答しながら接客を行っていたそうです。やがて次男も出 産。夜10時まで運営する保育園に子ともたちを預け、「とにかく、やらなければならない」と必死になって仕事に向き合っていきます。収入のほとんどは子供 の保育料に消えたそうです。

 暮れの忘年会シーズンになれば食事の支度から宴会の用意、清掃と目まぐるしい日々が続きます。お客さまの 要 望に応えてあげたい一心で、必死に働きましたが、「当時20代の私にとっては、何が正しくて何が間違っているのかすら分かりませんでした。そのようなとき に主人から『その時の気分で変わるような過剰なサービスをするのではなく、いつでも一定のサービスを提供出来る旅館にする事が、今一番大切なのでは?』と 言われ、その言葉の真意を理解するのに相当時間もかかりましたが、主人のその一言がきっかけになり、女将としての自覚に徐々に目覚め始めていけたのではな いかと思います。

 「父がやっていたことは所詮素人でしたので、経営感覚の違いから一度は主人もここを離れ、水戸駅南にホテルを開業 し、 別の道を歩む事になりました」。ご主人と父親との葛藤のはざまに立ち、石川さんも更に苦労を重ねていきます。温泉が楽しめる割烹旅館『湯泉荘』の運営は一 筋縄ではいかなかったようです。

 しかし、石川さんの父親が今度は癌に侵されてしまいます。平成6年9月に「とりあえず私が社長になっ て やるだけのことはやろう」と石川さんが社長に就任。その2カ月後に父親はこの世を旅立たったのです。鉄工所を閉鎖し、旅館業を始めた父親の遺志を継ぐこと になったのは、石川さんにとっての運命の道でもあったようです。

 石川さんの意識が本格的に変わったのは、父親の死という出来事をきっ か けに、「もう自分しかいないのだ」という立場を改めて見つめ直した時の事でした。「それまでは父親が責任を取ればいいと思っていたのですが、これからは全 てが私の責任。社長になるまではここへ来るのが嫌で嫌で仕方なかったのですが、『先ずはここを好きになろう』と思ったのです。」石川さんの人生設計が大き く前へと舵を切っていきます。

 「それまで庭の手入れなど気にしていなかったのですが、お金をかけて庭師に頼んできれいにしてもらいま し た。そうしたら庭木を通して流れる空気がまるで違ってきたのです。それまで全然意識もしていなかったのですが、木々の足元がすっきりして、庭も湯泉荘の一 部なのだから大切にしなければならないと思い始めました」「庭木の手入れは金食い虫」と言われますが、石川さん夫妻は自ら木を植えたり、植栽を見直し、景 観の管理に日々努めます。

 現在の湯泉荘は風格を漂わせる庭と木造の懐かしさを感じさせる建物が調和し、水戸では味わうことのできない 「歴史の営み」を感じさせる雰囲気を漂わせてくれます。玄関のある本館は昭和初期の建物で、さらにそれに続く建物も戦後間もなく増築されたものです。今は 法律で木造の宿泊施設は作れないそうで、存在自体が文化財的な価値を秘めています。

 しかしながら反面、防火施設や安全設備、浄化槽な ど さまざまな改善を指摘され、利益の大半は施設の改善費に充てられました。内部も少しずつ変わっていますが、「時間をかけて造り出されてきたこの貴重な風合 いは、お金をかけても新しく作る事は出来ない」という想いから、「古さ」をどう生かしていこうかと、主人と共に歳月を重ねて今の風格ある姿を保ってきまし た。

 「サービス業はこれで良いというものはありません。いつも、あの時ああしてあげれば良かったと思ってばかりです。ここに来たとき に ホッとする、癒されるというお客さまの声を聞くのが励みになります。いつ来ても変わらないということは、実は変わらないように変えてきているのですが、こ れからも水戸でこれだけの庭と風情を守っていきたいですね」と女将としての自信と風格を漂わせる石川さんは嬉しそうに微笑んでいました。

Pick up Success in IBARAKI

“何かするのではなくそっとしてあげるのもサービス”

質問1茨城は起業するのに適しているか?
ホテル・旅館業は震災以降、風評被害で大きな打撃を受けている。廃業している旅館もあり、この業界では今は逆風ですね。
質問2経営を始める際にやるべきこと、また、必要な準備は?
サービス業は奥が深い。私は嫌ってこの職についたが、好きになるよう努力した。とにかく元気にやっていくしかない。
質問3この土地で有効なプロモーション活動は?
年末に広告を出さなくても今は、忘年会シーズンは予約が入る。秘訣はリピーターを増やす努力を怠らないことが大切。

これから起業する方への一言

“常に一定のサービスを提供出来ることが大切”

サービス業は自分の価値観を押し付けるのではなく、常に一定のサービスを提供出来ることが大切。お客様に何かしてあげるのではなく、そっとしてあげるのもサービスのひとつ。でも「まあいいや」で済ませないことも忘れずに。

■仕事場を好きになること
■古さの中にある安らぎを感じさせる
■見えないところでも細かなメンテナンスを



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